■真田家対抗ビーチバレー大会・7



小松は真田家に嫁いで以来最高の屈辱を味わっていた。
取れると思って拾った球は場外ホームランだし(実力に対する自信が傷付いた)、見かけに反して実は拾いづらい球だったし(たかが打球のくせに根性の曲がり具合が気に入らない)それによって敵への声援がますます高くなったし(主にもよへの声援だ)、なんかもういろいろと面白くない。
ここは一つ完璧なレシーブなりスパイクなり打って声援をこちらに、というより自分に向けさせなければ。
小松はひそかに握りこぶしを作った。
大丈夫、私は本多忠勝の娘…!
いかつい父の姿を思い浮かべながら、闘志を新たにする。
しかし小松は気付いていなかった。
いくら父親が無傷の伝説持ちでも、娘までが伝説を作れる道理はなかったのである。


小松のイライラは沸点に近かった。
何度拾っても、もよのスパイクが上手く上がらないのだ。その分点差も開いていく。一度、源三郎が気遣わしげに声をかけて寄越そうとしたが、小松はあえて無視した。気弱なところを見せればもよと同じことをしているようだし、ここが踏ん張りどころだと思ったからだ。
さてそんな小松の様子を、源二郎はしっかり見ていた。
「うぬう…兄上の気遣いを無視するとは」
兄大好きっ子の源二郎には考えられない対応だ。ムッと来る。
その様を見て、もよが小さく笑った。
「源二郎様、お方様は源三郎様の気遣いを嬉しく思いながらも、あえて無視されているのですよ」
「なぜだ?」
本気で不可解な源二郎が首をかしげる。
ちなみに、この間にもプレイは続行されている。
元々信州の山っ子育ちであるもよや源二郎は身体能力が高い。かたや忍の血、かたや智将の血を引いているだけあって、遺伝子的にも優秀だ。早くもビーチバレーを己のものとしているようだった。小声で無駄話をしながらでもプレイ出来る程度には、慣れてきている。
ちなみに佐平次に限っては、なぜか忍の血があまり反映されていないらしく誰よりも要領が悪いままだ。いまだにビーチバレーがよく判っていない。
もよは旦那そっちのけで源二郎と話していた。
「お方様は、源三郎様の優しさに甘えてしまっては負けだと思っているのです」
「何に負けるのだ?」
兄が好き過ぎて、兄に優しくしてもらえるなら、ビーチバレーの勝敗なんて二の次の源二郎である。甘えて何が悪いのかサッパリ判らない。
もよが謎めいた笑みを浮かべた(と同時にトスする)
「私と自分に、でしょうね」
呟いた言葉は、さすがにアタックに集中していた源二郎には聞こえなかった。だが、小松に対して厳しい言葉を言ったのは察しがつく。表情を曇らせた。
「もよは義姉上がお嫌いなのか?」
源二郎は小松に嫉妬している自分に気付いている。今まで兄に一番可愛がられていたのは自分だったのに、嫁が来てからは以前のように近付けなくなってしまった。それが口惜しいのだ。
だから、小松本人を嫌っている訳ではなかった。兄を立て、父だけでなく自分にも気を使ってくれる。出来た人間であることは間違いなかった。
仮にも兄の伴侶である。それが下の者に人望がないとなると、それはそれで気になってしまうのだ。
もよが小さく首を振った(と同時にセッターにまわるための体勢を整える)
「いえ、お方様には良くして頂いております」
「ならばなぜ、俺に加担したのだ?」
アタックするために走り込みながら、一瞬だけもよに視線を送る。
「お方様はお料理も縫い物も下の者への気配りも、全て手抜かりがありません。完璧な女は時に目障りなのです」
「えっ」
もよの台詞をあと半秒早く聞いたら、打ち損じていたかもしれない。今回はボールを打ち込みながらもしっかり聞いていた源二郎は顔色を変えた。
女って怖い。
打ったボールの軌跡を見ようともしないでもよに詰め寄る。
「ならばもよは兄上もお嫌いなのか!?」
「どうしてでございますか?」
いつの間にかクイックまで体得してしまったもよと源二郎のコンビネーションへの大歓声など気にも止めず、もよが小首を傾げる。同様に源二郎も聞いてなかった。
「完璧なのが嫌いなのだろう?」
「…」
源二郎は混じり気なく本気の顔だ。それを暖かい眼差しで見ながら、もよはゆる〜く微笑んだ。
「いえ。源三郎様は一見完璧に見えて抜けがございます。そこがまことに愛らしゅう…いえ、出過ぎたことを申しました」
女って凄い。
佐平次がかなわないのはむしろ当たり前だろう。
源二郎は真田家特有のズバ抜けた第六感に従い、それ以上もよに兄の話をする愚を避けた。


一方、観覧席。
レジャーシートにあぐらをかいた昌幸が、かたわらの又五郎を見上げた。
「…又五郎」
「は」
コートはまだ、白熱した試合が続いている。というか、一進一退の攻防は当分終わりそうもなかった。それを眺めながら昌幸がつぶやく。
「源二郎に見ていろと言われた時は面白うないと思うたが、ただ眺め見るのも楽しいものじゃな」
「いかさま」
戦略家としても秀でた昌幸には、両軍の心理戦も見えている。次々と変わる戦法は見ていて飽きなかった。信玄に「我が両目の者」と言われたほど客観的に物事が見える昌幸の目にも、勝敗はまだ見えていない。
「まだまだ勝負の行方がわからんのう」
「いかさま」
応えながら、又五郎は内心溜め息をつく。
どちらが勝つにしろ、とりあえず試合が終わるまでには佐平次にビーチバレーのルールを覚えて欲しい親心だった。



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