■真田家対抗ビーチバレー大会・6



後衛に下がったもよがサーブを(敢えて)取った。
「きゃっ」
あまりの豪球に、もよが(わざと)よろめく。それでも綺麗にレシーブ出来ていたので、客からは歓声が上がった。
「も・よ・ちゃーーーん!」
レシーブでよろけたまま転んでしまったもよに、スパイクを決めた源二郎が手を差し伸べる(これは素で善意)。これにも野郎共の歓声が上がった。
「源二郎様カッコいいー!」
旦那はいいのか。
もよは立ち上がると、声援を送ってくれた方面に控えめに頭を下げた(社交辞令)。それでまた、男達が一層盛り上がる。
もよは男共に人気があった。
佐平次と結婚してから、倍増したといっていい。
女はまめまめしく甲斐甲斐しいというだけでポイントが高いが、かつヘタレ男・佐平次をよくサポートしているという点で評価が高かった。
素朴で純粋そうなのもいい。落ち込んだ時も、飾り気ない優しさでなぐさめてくれそう…。男にそんな妄想を抱かせる女になっていたのだ。
だからつまり、男性陣からのもよへの声援は、見ようによっては全て小松への当てつけだった。女のモテ度は出自や美貌ばかりではないのだという、もよの無言のアピールなのだ。
もちそんもよは、小松へ向けてちらっと笑ったりするあからさまな技は使わない。男共の声援を味方につけた上で「あんたなんか眼中にない」とまるで無視して反感を買う、女同士にしか通用しない超高度な戦術を使ったのだ。
そしてその対抗意識は、見事小松へと電波していた。

小松はさっきから面白くなかった。
自分を狙った源二郎のスパイクは、源三郎が身を挺して取ってくれた。それはそれで嬉しかったのだが、今度はもよが客の男達の歓声を一身に集めている。
同性である小松には、それが男を喜ばせる媚態に見えて仕方なかった。
小松には本多忠勝の娘であり徳川家康の養女であるというプライドがある。また武家の女としても、恥ずかしくないだけの能力と技術を持っていると自負している。そんな自分が、あんな土くさい小娘に負けるはずがない。
もよは小松が思った通り媚態を演じていたが、それは小松を不快にさせるためだった。小松はそれに気付かない。対抗意識を燃やしている時点で、もよの術中にハマり込んでいたのだ。
だから、もよがアタックするためにジャンプした時、チャンス到来かと思った。小松の明晰な頭脳がボールの軌跡をはじき出そうとする。もよのアタックを見事レシーブすれば、男達の関心も小松へ移動するはずだ。
が、もよは空中でバランスを崩した。ボールを空振りして、砂地にしりもちをついてしまう。
「きゃっ」
これにはさすがに、コート内の野郎共が集まってきた。まぁ、その内二人は旦那と息子だから心配するのは当たり前なんだけど。
再び源二郎の手を借りて立ち上がったもよに、ギャラリーから拍手がわいた。
「もよちゃーん、大丈夫ー?」
「かーわいー!」
口々にかかる野太い心配声に、もよは恥じ入りながら頭を下げる。これがますます野郎共の関心を引いた。元々熱血漢が多い真田の家臣である。お江の一件から、男達のテンションは無意味に高かった。再び踊り出しそうな雰囲気すらある。
さてこれにキレたのが小松だった。
なんだあのフリは打てたくせにわざと転びやがってあの売女、と、見てもいないのにもよがわざとヘマをした気になっていた。しかし女の勘は恐るべし、もよが打てるはずだった球を落としていたのは事実だった。

もよは堅実な女である。見る目もある。
小松が自分にたっぷりと対抗意識を燃やすまでじっくり観察していた。ダテに謀略がお家芸である真田家に仕えてはいない。小松は苛立つ程に、もよの打つ球を拾おうとするはずだ。
そしてその計算高さも、源二郎はちゃんと見抜いていた。こうでなければ、一見冴えない佐平次に早い段階で目をつけたりは出来まい。もよはタダ者ではない。
そして今、その機は熟したかに見えた。
「源二郎様」
もよが小声で源二郎を呼ぶ。
それだけで、作戦の行き届いた二人は了解していた。
目顔だけで頷く。
見よう見まねでやっとサーブレシーブを覚えた佐平次の上げたボールを、源二郎がトスする。それに合わせてもよがジャンプする。初めてのフォーメーションに観客がざわめいた。
源三郎も目を見張る。
まさにその一瞬。
「えいっ」
もよは怒鳴ったりやたら気合を入れたりしなかった。
台所で見つけたごきぶりを叩き潰す時のように気軽な声と供に、ネットすれすれに出た腕でアタックする。球は、コート上の小松目掛けて放たれた。
小松は既にレシーブ体勢に入っている。自分がレシーブするボールの、上げる軌道まで計算に入れた隙のない構えだったが、どっこい現実はそんなに甘くはなかった。
「うっ…!」
腕に百貫の鉛を落とされたかのような衝撃に姿勢が崩れる。小松がレシーブした球は、遠くコート外の浜辺へ飛んで行った。
法螺貝が鳴り響く。
源二郎軍と観客の野郎共から歓声が上がった。もよコールがいよいよ高まる。
もよは恥ずかしげに俯く下で、源二郎に向かってこっそり親指を立てていた。源二郎も合図で返す。佐平次だけが気づいていない。
草の者が飛んで行ったボールを取りに行っている間に、源三郎は一人難しい顔をして仁王立ちしていた。その、白い褌がはためく。
源三郎は小松がレシーブミスした原因が解っていた。姿勢が悪かった訳でも、当たった腕が曲がってしまったからでもない。もよのボールが重かったのだ。
あれは逆回転…!
たった一発のボールでそこまで見抜いた慧眼は、さすがと言う他ない。昌幸や草の者達、矢沢親子も気づいていたが、源三郎の思考は更にその先を行く。
ブロックしても良かった。
相手はネットすれすれしか手を出せていない。止めるのは簡単だろう。
だがその後の非難が問題だった。上背のある自分が非力な女であるもよのボールを止めたのでは、いかにも勝敗にしかこだわらない小物に見られる。それに、もよのアタックは一見早くも重そうにも見えないのだ。事情が判らないギャラリーを敵に回すだろう。

やるな、源二郎…!

源三郎は弟の作戦に内心感嘆の声を上げtた。それと同時に闘志を燃やす。
だが、肝心の打開策は見出せていなかった。



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