■真田家対抗ビーチバレー大会・5



作戦タイムに入った。
途端にギャラリーの男達がコートを囲んで踊り始める。高くなってしまったテンションを持て余しているらしい。鉦や太鼓まで持ち出してきて、けっこう激しい振り付けで踊りが進められている。
その間を縫って、スポーツドリンクと団扇を持った草の者達が両軍に走った。真田の草は、マネージャーとしても有能きわまりない。
もよが受け取ったスポーツドリンクを源二郎に渡しながら、そっと囁いた。
「源二郎様。無理に狙おうとせずとも大丈夫です」
いきなりの発言に、源二郎が目を丸くする。もよは源二郎の悩みなど判っているとばかりにしっかりと頷いた。
「相手は世間知らずで気位ばかり高い深窓の姫君でございます。普通の球でも拾うのはつらかりましょう。わざとゆるい球を与えてやればいいのです」
「それではあの女狐に拾われるだけではないか」
相手の言わんとしているところを察し、源二郎も名前を出さずに会話を続ける。
もよはプレゼンを続けた。
「源二郎様のゆるいアタックで安心させておいて、私がゆるい球を打ち込みます。さすれば気をゆるめ、拾おうとなさるでしょう。しかし私の打つ球は…」
そこで一息ついたもよは、凄絶な笑みを浮かべた。
「姫君ごときに受け止められる程ゆるくございませんよ」
一気に気温が5度くらい下がったようだった。
二人は絶句する。
「も…もよ」
佐平次は驚きのあまり、名前を呼んだ以上に二の句が継げぬ。
対して源二郎は快心の笑みを浮かべた。
「もよめ、言いおるわ。ぬしは亭主よりよほど出来た女子ぞ」
出陣前に溜め息付きながら具足のチェックとかしている佐平次に比べれば、その気概は特に素晴らしい。もよがそつなく頭を下げた。
「もったいないお言葉です」
「それに、な…」
源二郎の祖父・父譲りの素晴らしい頭脳が、もよの言いたいことを察して次の答えを導き出す。
「あちらには右近がいる。右近は兄上がことはお助けしても、あの鬼嫁がことは助けまい。先程の一件で明らかだ。そこが我らの狙い目ぞ」
「は」
佐助が顔色も変えずに平伏した。さすが草の者もこれしきでは動じない。もよが嬉しげに両手を合わせた。
「この日のためにとっておきのスパイクを練習してきた甲斐がありました」
源二郎が驚く。詰め寄らんばかりの勢いでもよに尋ねた。
「なに、もよは必殺技をあみ出したのか!?」
「対姫様専用スパイクです」
「なんと剛毅な!楽しみにしているぞ!」
小松と対決する場面も想定して練習したのだとすれば、見上げた心意気だ。戦前の武士でも出来るものではない。もう旦那はいいから奥さんの方に仕えてほしいな、とかちょっぴり考えてしまった源二郎だった。

その時、試合再開の法螺貝が鳴った。
作戦タイムが開けて、各自がコートに入る。源二郎ともよが目で頷きあう。

反撃の開始だった。



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