■真田家対抗ビーチバレー大会・2



天に響くような法螺貝の音に続き、鈴木右近がサーブを打つ。
ボールが高い弧を描いて、源二郎方のコートへ入った。迎え打つは後衛の向井佐平次である。
「佐平次!」
「は?」
源二郎の掛け声に顔を上げた佐平次は、何の構えもない無防備な状態で顔面にボールを食らっていた。そのまま仰向けに倒れるのを顧みず、もよのトスに合わせて源二郎がジャンプする。コートラインギリギリを狙った源二郎のアタックは、見事源三郎方のコートに沈んだ。
絵に描いたように完璧な流れに歓声がどよめく。
「ライン上を狙うとは、やるな源二郎」
「兄上こそ、なぜブロックせませなんだ」
「お前の手を見ておきたかったまでよ」
ネットを挟んで向かい合った真田兄弟は不敵に笑い合う。
一点先取してローテーションを回した源二郎軍は、もよのサーブとなった。右近よりまるで力ないボールだが、女性の打つ球だけに相手コートへ入っただけでも男共の歓声が沸く。
こちらは右近が綺麗にレシーブした。
さらに小松が危なげない手つきでトスし、それに合わせた源三郎のジャンプでアタックが決まる。長身を活かした上からのスパイクは、小柄な現二郎の指の上をやすやすと越えて砂浜に沈んだ。またもや観客から歓声が湧く。
「さすがは兄上!すさまじいアタックでしたな!」
「お主こそそのジャンプ力、俺より上手ぞ」
敵同士でも相手を誉めたたえる言葉に惜しみはない。むしろ誰よりも相手のことを大絶賛賞賛中だ。真田兄弟は今日も仲良しだった。

ところで真田家の草の者達は、常人をはるかに超越した肉体の持ち主ばかりである。特にお江、佐助は草の者の中でも選りすぐりの戦忍びだった。
それが試合に出るとなると、レシーブ、トス、アタックまで一人でやりこなせてしまう。こうなると、卓越した技術を前に他の者がほとんど手を出せぬ。
二人は楽しいビーチバレー大会のため、ほとんど手を出さないことに決めた。むしろ、互いのみを敵と見極めて牽制することにしたのだ。
ということはつまり、この二人も実質的な戦力には入っていない。コートの隅に、ただ黙然と立ち尽くしているだけである。
二人は今、どこからどう見ても農民の姿になっていた。忍の欠かせない能力の一つ、変装をしての参戦である。もっとも、変装しなければならない状況ではないことは一目瞭然だった。だが、あまりにも隙のない農民姿に一同反論が出来なかった。いや、気付かなかったと言っていい。
非の打ち所ない完璧な農民風情だったが、とりあえず白浜にはそぐわない。
漁師と海女にしておけば良かっただろうが、二人ともに信州の山育ちで漁師にも海女にもいまいち自信がない。だからこそ、馴染みの変装をしているのだろう。
ちなみに、審判役も昌幸の接待役も誰も彼も、草の者はそれぞれの得意に応じて全て変装している。町人も按摩も大工も絵師もいる。繰り返すがそこは白浜で、町人が混じっている一種異様な世界になっていることは否めない。
戦火の絶えないこの乱世に、白浜で、褌姿が一番様になっているという訳でもなかったが、町人風に比べれば常識の範疇内だった。というか、むしろ平和すぎ。いや、不審すぎ。

ともかく話を試合に戻そう。

馬2匹と草の者2人を除いた3対3のコートは、戦もたけなわ、白熱していた。
得点は常に一点差で決して開かない好試合になっている。
観衆の「アターック!」というかけ声と共に、源二郎の鋭いスパイクが空を切った。最初の頃より格段に上達している鋭いアタックが、源三郎方のコートへ突き刺さる。
かと思いきや、玉筋を見極めていた源三郎がすかさずレシーブに入った。
「…むぅ」
源三郎が唇を引き結ぶ。衝撃に腕が痺れていた。
「やるな、源二郎」
レシーブした体勢のまま、源三郎が弟に笑みを送る。源二郎は、渾身のスパイクを取られた割には嬉しそうに兄に笑い返した。
「兄上こそ」
相変わらず、相手を賞賛して止まない真田兄弟は試合中でも大の仲良しだ。
そんな二人は、ビーチバレーの勝敗よりも自分の技量が相手にどこまで通用するかに重きを置いているらしかった。次々と攻撃方法を変えている。
その様を昌幸が興味深げに眺めた。
「この戦、又五郎は何と見る?」
「は。源二郎様、佐助に比べ上背のある源三郎様方が有利かと」
「なるほどのぅ」
それがバレーの定石というものである。
「だが源二郎の方が攻撃に変化をつけておるぞ」
「左様ですな。ですが源三郎様もよく拾っていらっしゃる」
「…むぅ」
何かにつけて次男贔屓の昌幸は、長男を褒めるのが面白くないらしい。不機嫌に眉をしかめる。
「右近と佐平次では、やはり右近の方が上手かの」
「ルールを把握しているのは右近様でしょうが、しかし佐平次め…いや佐平次殿はある種の才能があるようです」
その、又五郎に褒められたんだかけなされたんだか微妙なところの佐平次は、誰よりも消耗してふらふらになっていた。そこにまた、源三郎のスパイクが吸い込まれるように顔面に突き刺さる。顔面を強打された佐平次がもんどり打って倒れた。
「よくぞ止めたぞ、佐平次!」
ふらふらになっている理由は、体力を消耗しているという以上に顔面への衝撃が強いからだった。脳震盪を起こしかけていたが、無情にも誰も手を貸してくれない。佐平次はたまらず、声を上げていた。
「あ…あの、源二郎様」
「どうした佐平次」
「あの、私はいまだにルールを教えて頂いていないのですが…」
衝撃の事実。
だが、源二郎はあっさり言ってのけた。
「知らぬでいい。黙って俺の後についておれ」
「いやでも痛いので」
佐平次にしてはすかさずツッコんだが、源二郎はどこ吹く風。さっさと前を向いてしまい、掛け声に気合いを入れている。
源三郎のスパイクの威力も去ることながら、いまだに倒れないままというのが、又五郎の賞賛を受けたゆえんか。佐平次が顔面で受け止めたボールは、それはそれで上手に上がっていた。だから源二郎も止めないのだろう。
さすがに妻は心配してくれるかと思いきや、もよは
「もっと頑張りなさいませ」
と今以上の努力を強いて来る。佐助に至っては佐平次を全く見ていない。
佐平次の幸せ家族計画は、ちょっと失敗っぽかった。



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