■真田家対抗ビーチバレー大会・1



青い海。
青い空。
白い砂浜。
そして逞しい四肢を褌一枚に包んだ猛者共。
ここ南国のプライベートビーチでは今。
真田家対抗ビーチバレー大会が開かれようとしていた。

砂浜に細縄で線を引きコートを作り、丸太を立てて荒縄を編んだネットを結びつける。1ミリの狂いもない完璧な四角形のコートは、真田家の配下草の者達の手製だ。ちなみに主審、副審、ラインズマンその他ボール拾いも草の者達が取り仕切っている。彼等の動体視力を持ってすれば、ライン上のボールなど止まって見えるからだ。たとえどんな豪速球が放たれようと、彼等が見誤ることはない。
実況兼司会は矢沢頼綱、頼康親子。真田家当主昌幸も一目置くこの父子は、冷静で私情を挟まない公正な実況が売りだ。
コートには既に真田源三郎、源二郎兄弟が入っていた。
源三郎軍は、青空に映える純白の褌。前垂れの部分には、赤の六紋銭が染め入れられている。
対する弟の源二郎軍は目に鮮やかな緋色の褌である。前垂れの部分に、白く六紋銭が染め抜かれていた。
この日のため、二人のためにあつらえられた特注品である。
褌は二人によく似合っていた。潔癖を表す源三郎の白と、決意の強さを表す源二郎の赤。先程までは仲良く背中を押したり足を抑えたり柔軟など準備運動をしていたが、今は互いのコートに入っていた。筋肉の鎧に覆われた若い四肢を炎天下にさらし、二人は闘志を漲らせた瞳で互いに見つめ合っている。
周囲には家臣団が取り囲み、応援も否が応の盛り上がりを見せている。
頃合いは充分だった。

そもそも、源三郎、源二郎の兄弟を戦わせようと言い出したのは誰か。
冷静沈着で戦を読むことに長けた長男源三郎と、天性の戦上手である次男源二郎。
二人が同じ条件下で戦った場合、どちらに雌雄が決するかは父昌幸にも想像がつかぬ。
いざ二人を戦わせようと決まっても、誰に依存もなかった。
当の本人達からして
「兄上と戦えるなんて光栄です」
「俺もだ。正々堂々戦おうぞ」
「はい!」
と目を輝かせている始末だ。
かくして真田家の陣営は二つに割れた。
割れたと言っても内紛というほど大げさなものではない。ただどちらが勝つかで討議や応援に熱が入っているだけだ。
祭のような騒ぎの中でも、源三郎、源二郎は平然としていた。迷いも気負いもなく、この一戦にのみ集中している。
「お二人とも良い表情ですな」
「うむ」
戦前の実況で、矢沢親子も太鼓判を押した程だ。
それほど実力が伯仲しているのだろう。
さて今回のビーチバレーだが、5対5で戦う。
源三郎、源二郎の両大将はもちろん加わるが、他の参加者の顔ぶれは大将に一任されていた。ちなみにずば抜けた身体能力を持つ草の者は、一チーム一人までと制限されている。
その気になる両陣営だが、まずは赤の源二郎方。

真田源二郎
向井佐平次
もよ
向井佐助
残月

対する白の源三郎方。

真田源三郎
小松
鈴木右近
お江
月影

である。
残月、月影はそれぞれ源二郎、源三郎の愛馬だ。なぜそれが参加する事になったかというと、こんないきさつがあった。
自軍の将を決めるにあたり、源二郎は最も頼みとする人員を探していた。
が、なかなかこれと思う相手が見つからぬ。そして唐突に気付いた。
「俺が頼みにしているのは残月だ。残月無しには戦に行けぬ」
それを聞くと源三郎は微笑し、すぐさま対応した。
「では俺も月影を出すしかあるまい」
かくして、両陣営とも馬が一頭ずつ入ることになった。
が、球の飛び交うコート内では馬には存分に力が出せぬだろうということで、浜の松林に待たせている。つまり、頭数に入っていても戦には参加していない訳で、5対5と言いつつも実際には4対4になる。
ちなみに、残月を出すと言った後、源三郎も月影を出すと知った源二郎は 「さすがは兄上、なかなかそうは出来まい」
と感心することしきりだったと伝えられているが、何に感心したのかは凡人には全く解らぬ。正々堂々感を好んだゆえか。
ともかく繰り返すが、馬はビーチバレーにおいて戦力にならぬ。
この事を源三郎に注進した家臣は
「解らぬ奴よ」
と一笑に伏されてしまった。こちらも何が解らぬのか、凡人には全く解らぬ。敢えて愚挙してみるならばテンションの問題かもしれぬ。
とりあえず兄弟は通じ合っているので問題は無さそうだった。
そして両陣営とも小松殿、もよという非力な女性が加わっていた(お江は非力ではない、念のため)。これはお愛想というか華というか、家臣共への心付けというべきか。襦袢の裾をからげて白い脚と腕を晒しているだけで見物人の士気が上がる。この二人ももちろん戦力外であったが、とりあえず昌幸が大層乗り気であったのは言うまでもない。
その真田家当主・昌幸であるが、メンバーが決まった後にも関わらずマイペースにコートへ入ってきた。
「儂はどちらに味方したがよいかの?」
既に褌一丁となってコートへ入ろうとする父へ向かい、源三郎は一分の隙も無い笑みを見せた。ちなみに昌幸が褌は、前垂れの部分が紅白半分に別れ「謀略命」とくせのある達筆で書かれている。これまた特注品だが、中央の文字は案外昌幸本人の手かもしれぬ。
ともかくも源三郎は、父親の褌にはちらとも関心を払わず如才なく言った。
「父上はどうぞ源二郎方へお味方下さい。源二郎もその方が喜びましょう」 「おお、そうかそうか」
 何かにつけ次男贔屓の父親は、相好を崩して源二郎方へ行こうとする。すると当の源二郎がそれを押しとどめた。
「父上。父上はこちらへ」
源二郎が誘ったのは六紋銭が書かれたレジャーシート。
「父上には我ら兄弟の勇姿を一等席で見て頂きたいのです」
溺愛する次男のひた向きな眼差しを見て、昌幸は再び相好を崩す。
「それも一興じゃな」
 すかさず源二郎が手を打った。
「又五郎。父上に日傘を」
「は」
 又五郎はビーチパラソルを肩に担いでやってくると、砂に刺さず自ら掲げたまま昌幸に日陰を作った。そのすぐそばで、羽根団扇を持った弥吾兵衛が昌幸を扇ぎにかかる。いま一人控えた小助は、ハイビスカスの差さったブルーのトロピカルドリンクを捧げ持つ。一瞬にして万全の態勢を敷いた草の者達を、昌幸は目を細めて眺めやった。
「さすが又五郎じゃ」
又五郎は黙したまま、一礼した。
その影で、父には見えないように兄弟二人は
「でかした、源二郎」
「ちょろいものです」
 視線を交わし合っている。
 真田源三郎、源二郎兄弟は別に、父・昌幸が戦力にならないと思っている訳ではない。当主であり父である昌幸に、怪我をして欲しくないと思い極めているだけだ。
ビーチボールを追いかけてはしゃぐ褌姿の父を見たくないとか、至近距離で中年の突き出した生尻を見たくないとか、そんな小さな理由ではない。断じて。

そしていよいよ、試合が始まった。



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