■疼キ・4


…だめだ。

この酒じゃ酔えねェ。
予感ではなく、確信だった。
酔いは、体調や気分に左右される。
幾杯か重ねるうち、体は芯から温まってきた。
それでいて、右目は内側から木槌で叩かれてでもいるかのように痛む。
今の政宗は、とても酔っていられる余裕がない。
夢見も悪かった。
思い出して、尚更不機嫌になる。
このままでは悪酔いしそうだ。

結局寝るしかねぇのか。

苛立ちと諦めがないまぜになる。
だが、未練がましいのは好みではなかった。
唇を引き結ぶ。
「…もう酒は」
杯を返そうと顔を上げた途端、小十郎と視線がぶつかった。
真正面から見つめ合う。
否、互いを見る。
咄嗟に、口から出そうとしていた言葉を失った。
それは、もう二度とは浮かんでこないだろう些細な話題。
だがなぜか、政宗はうろたえた。
慌てて顔を逸らそうとして、再び小十郎の視線にかち合う。
深い意味のない、ただの視線の交錯だったはずだ。
それなのに、無意識にでも右目が力んだのだろうか。
政宗の手から空の杯が取り落ちた。
「…ッ!?」
まるで予期していなかった、突然の激痛に体が跳ねる。
思わず右目を押さえていた。
「政宗様!?」
小十郎が手を伸ばした。
その、触れようとした手を振り払う。
全てがわずかの間の出来事だった。
幼い頃から世話させていた相手だ。
今さら触れられることに抵抗はない。
なのになぜか、わずらわしいと感じた。
眼窩の痛みに邪魔されて、その理由すら見つけられない。
顔を上げられないまま、政宗は邪険に言い放った。
「大したことねぇ…っ」
「ですが」
痛みの元に触れてしまった今、もう誤魔化しはきかない。政宗は、それ自体を隠すのは止めた。
「痛ェだけだ」
「ならば尚更…!」
更ににじり寄って来る気配に、下げていた頭を上げ睨みつける。その心配顔は、思いの他近かった。無遠慮と感じる間際の、限界の距離。他の者なら切り捨てているところだ。
「お前が触れば治るのか?」
煩わしい。彼の配慮では何も治りはしないから、余計に苛立つ。
暗にそう言って切り捨てたのに、小十郎はひるまなかった。
「そうではありません。冷やされたままでは更に痛みます」
「いいんだ」
うっとうしげに言葉を遮る。小十郎は急な寒気で政宗の右目が疼くことを知っている。だからこそ心配したのだろう。政宗にはそれが、まさに煩わしかった。
続く言葉を吐息のように吐き出す。

「…痛むだけだから、いいんだ」

諦めにも似た、つぶやきが漏れる。
政宗にはなぜか、これで良しとする心があった。
耐えられるのに、ここで甘えては妥協してしまう。
だからこそ、甘受しているこの痛みが快い。
どうせこの目とも、この痛みとも一生つき合っていかなければならないのだ。
政宗の横顔を見、小十郎が何か言いかけて少しためらった。
「…何か小十郎に出来ることはありますか」
その憂い顔は見馴れている。
ヤレヤレとかフゥとか、内心で嘆息しているのが声として聞こえてくるようだ。というか、声に出ていないだけでいつも聞こえていた。
政宗は傲然と言い放つ。
「さっさと朝連れて来いよ」

「…それは」

言いさして、さしもの冷静沈着な参謀も絶句したようだった。




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