■疼キ・2


「…」
わずかに眠っていたらしい。
目が覚めても、相変わらず夜は明けなかった。
五官で感じる闇が濃い。
先ほどから大して時間が経っていないのだろう。
時ばかりは、そう己に都合よく動くはずもない。
宵闇も、朝日も、人にあやつれるものではないのだ。
軽い舌打ちが漏れた。
朝になれば。
暖かい日差しとともに、この疼きも消えるはずなのに。
相変わらず、痺れるような痛みが続いている。
眼窩から全身へ、くまなく広がる痛み。
まだ宵だったからか。
そんな消極的な望みを持った自分が気に入らなかったのか。
どちらにしろ、不愉快には違いない。
政宗はゆっくりと、夢を思い出す。
楽しいものではなかった。

父の諦め笑んだ口元。
母の忌み歪んだ口元。
弟の脅え震えた口元。

言われた言葉とともに思い出す、一族の顔。
否、思い出すのは口元だけだ。
「…なんだ」
呟きが空にかき消えた。
人の目をまともに見るのが恐かった。
目を見ることはすなわち目を見られること。
だからいつも伏し目がちにしていた。
だから。
口元ばかりを思い出す。
父も。
母も。
弟も。
記憶の中の目鼻立ちは、もう曖昧だ。
薄暗い天井を見上げる。
そこに、顔を思い浮かべることも出来ない。
否、今の政宗には、思い出す必要は無いのだ。
己を愛し、慈しんでくれた父の姿でさえ、もう朧げだった。
敵国を睨み国を治める使命を課せられた日から、それだけに集中してきた。
政宗の否応は関係ない。出来るか出来ないか、可不可だけが重要だった。
ましてや好悪を挟む余地はないから、せいぜい楽しむことにした。
幸い統治にも戦にも才能には恵まれている。
その点は父母に深く感謝していた。
だが、顔もよく覚えていないことを、罪深いとする感傷すら浮かんで来ない。
痛みに邪魔されたからか。
在るのはただ、闇と痛みだけ。

ふいに。

酒でも飲むか、と思った。
政宗が寝酒を求めることは珍しくない。
一声かければ、小姓はすぐに用意するだろう。
飲めば。
寝られるかもしれない。
あるいは、忘れられるかもしれない。
過去を。疼きを。
「…っ」
思い至って、すぐ不愉快になった。
逃げ方の、女々しさが気に入らない。
堪え難いだけで、耐えられない訳ではない。
我慢出来ないのではない。我慢したくないから苛立つ。
こうして自問自答して思い惑っていること自体、既に腹立たしい。
この不毛を朝まで続けろというのか。
何か−。
誰か−。

求めたのは、断じて助けではなかった。




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