■陰行夜話・7


どうもおだてられて乗せられた気がしてならない。
冷静になると、何度考え直してみても無謀なのだ。
結局佐助は、幸村の指示通りに動いていた。
いわく、幸村をおとりにして敵将の首を狙いに来たのだ。
こうなったら一刻も早く仕留めなければならない。
佐助はそこに全神経を集中させた。
集中してしまいえば佐助の仕事は早い。
忍の大半を残し、幸村の警護に充てる。
自らは少数の精鋭をもって敵軍に忍び込んだ。
幸いは敵は忍を率いていない。
こうなると少数であることが更に幸いした。
武士は正面の敵と切り結ぶのは得意だが、側面や背面からのふい打ちには弱い。
そして、ふいを突くのは少数に限る。
背の高い木の上に身を隠しながら、敵軍の様子をうかがう。
決して余裕のある状況ではないにも関わらず、佐助は先程のやりとりを思い出していた。
思い出すだけで苦笑が込み上げてくる。

「だいたい人のこと最強最強ってね。誰が決めたのそんなこと」
結局幸村の指示に従うはめになってしまって、ふてくされながらそんな質問をした。
信玄に向かい、佐助を指して「最強の忍」と言った時はさすがに驚いた。信玄も驚いていたが、言われた本人の方が驚きは深い。
世の中は広いのだ。佐助はある程度自分の技量に自信を持っていたが、そこまでうぬぼれるつもりはない。
だが、幸村の答は明快だった。
「お館様だ」
「…左様で」
なんかもう反論のしようがない。少なくとも武田軍の中では、理解者はいなそうだった。ここでは信玄が法であり真理なのだ。
幸村は悩みなど無さそうに笑った。
「評価して下さったお館様のためにも、最強の名を確かにするためにも、この戦に勝てばいい」
結局話はそこに行き着くらしい。

佐助は幸村の思考や行動に関して、いろいろと諦めることにした。
もういい加減、幸村が並の武将よりよほど難解で柔軟で時に単純な思考の持ち主であることを悟っている。分析するにはもう少し時間がかかるだろうが、裏表がない分、深読みせずに済む。たとえば信玄に対する尊敬とか信頼とか、疑っても意味はない。
その幸村は、二里ほど離れた空の下に居る。
もはや作戦の成否は疑っていなかった。
佐助の口元に笑みが浮かぶ。
気力、体力共に充実しているのが分かった。
手に馴染んだ武器の感触を確かめる。
余計なことは考えず、ただ敵を屠ることだけに集中する。
己の技のためだけに力を注ぐのが快い。
「さーて、お仕事お仕事っと」
口ずさむように呟いた。
軽口は余裕の表れでもあり、余裕の無さのごまかしでもある。
この時の自分がどちらの心境であるか、佐助は正確に把握していなかった。
どちらでもいいのだ。
一刻も早く、困った主の元へ戻るためには。



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