■陰行夜話・2


戦自体は大した意義も規模でもない小戦だった。
だからこそ、ほとんど打ち合わせも下準備もなく、佐助を幸村の下に付けたのだろう。そういった信玄の配慮はありがたい。
しかし戦場での幸村にも、佐助は驚かされてばかりだった。
本当に背後の一切を任されたからだ。
佐助は幸村の背中を守ると同時に、後方にいる敵味方の動きにも注意していた。真田隊に面識の薄い佐助が、直接指示を出す訳にはいかない。
気になる動きがあるたびに報告すると、幸村は振り返りもせずに佐助の言葉を鵜呑みにした。報告をいちいち疑って他の人間に確認させたり、迷ったりという余計な時間を省いたおかげで幸村の指示は早かったが、完全に信じられてしまうのも複雑な心境だった。
豪快か無謀かと問われれば、やはり無謀と答えるだろう。
だから戦が終わった後、佐助は思わず言ってしまった。
「今日会ったばかりの俺を丸っきり信じちゃうなんて無謀じゃない?」
幸村は目を丸くして、砂と血に汚れた顔をほころばせた。
「お館様に、まず人を信じよと教わったのだ。裏切られたり騙されるくらいでは揺るがない男になれと。それに佐助には、初めて会った時から通じ合うものを感じた。この男なら信じて間違いないと思ったのだ。
もっとも佐助の働きぶりは、お館様に聞いていたから、初めて会うた気はしなかったがな」
そこまで言ってから、幸村は首をかしげた。
「迷惑か?」
その、真っ直ぐな眼差しに内心たじろぐ。
「いや、そういうんじゃないけど…」
ないけど、どうにも割り切れない。こういうもどかしい思いを抱くのも珍しかった。
「また次の戦で頼む」
幸村が透明な笑みを浮かべる。
血と土ぼこりで汚れているとか関係ない。戦が終わったばかりとは思えないほど、綺麗な笑みだった。
佐助はふいに胸を付かれて言葉を失う。
初めて得た類の報酬だった。



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