■陰行夜話・19


「佐助ー!」

幸村は佐助を探して歩き回っていた。
たいがい木の上から飛び降りて来るので、上ばかり見て探す。そのせいでたまに木の根につまずくが、気にせず歩き回る。
「どこに居る佐助ー?」
幸村の大音量を知らぬ者は家中に居ない。それに最近では佐助を呼ぶことが多い。いつものことかと、そばに居る兵士達が笑いながら眺めていた。
「佐助ー!」
「はいはいっと」
何度目の呼びかけか判らないが、忍としてはあまり大声で名前を呼ばれたくない。佐助は早々に木立の間から飛び下りて来た。
「佐助!」
幸村が喜色満面で駆け寄ってきた。どうも犬を連想させるのは、この混じり気のない笑みと全力疾走のせいだろうか。
幸村は駆け寄った勢いそのまま佐助に抱きついた。佐助は思わず逃げそうになって踏み止まる。そして、朝方忍15人を敵に回した時よりはるかに気力を振り絞りねじり上げて、幸村をキャッチした。
手が使えないから腕で抱きついてきたんだ!
受け止めつつも、なぜか内心必死に言い繕う。事実、まだ両手を包帯で巻かれた幸村は、手首から先がまるで使える状態になかった。体のバランスも取りづらいだろう。それより、普通だったら寝込んでもおかしくないのに痛みやだるさはないんだろうか。
一応、いまだに作戦終了の合図を聞いていない。つまり幸村はまだ主の位置に居る訳で、主人を転ばす訳にもいかなかった。
と、長々言い訳を考えていた佐助は、幸村の次の一言に頭が真っ白になった。
「喜べ佐助!お主は今日から俺のものだ!」
「…は?」
白というか、青天の霹靂。
というか、青天の下でなんてこと口走ってんのか。
「なんだ、嬉しくないのか??」
反応のにぶい佐助に、幸村が頬を膨らませた。菓子をやると言ったのに要らないと言われた子供のような顔だ。
「いや何がなんだか…」
文字通り、意味が判らない。いきなり結論だけ言われても訳が判らないのは道理だろう。本気で混乱する佐助を尻目に、幸村が急にしおしおとしおれてきた。
「そうか。俺が嬉しいからと言って佐助が嬉しいとは限らないか…」
まさにエサをもらい損ねた犬を見ているようで、佐助は慌てる。なんか、見る間に餓死していきそうだ。
「いやいや待って待って。嬉しいからちゃんと経緯を聞かせてよ?」
なぜか判らないが、餓死しそうな幸村を見て思わず必死にフォローに入ってしまう。だんだん頭も動くようになってきた。「俺のもの」イコール「俺の忍」ってことだろう。と同時に驚く。半信半疑で確認してみた。
「…え?俺が旦那の忍?」
「そうだ!」
途端に復活して元気に断言した幸村の顔をまじまじと見詰める。見詰めに見詰める。だからといってそこに答えが書いてある訳ではないのだけれど。
にわかに色々な状況が見えて来た。
そして。

「えぇえええええ?!!!?!!」

本気で驚いていた。



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