■陰行夜話・16


「ん?」

佐助に手を取られたまま、幸村が止まる。
今さらながらに自分の手に不自由を感じたらしかった。
「手が熱いな」
いまだ洞窟の中である。
佐助は膝の上に寝かせた幸村に問いかけた。
「痛みはない?」
「ああ。俺の手はどうしたのだ?」
痛み止めが効いているらしい。
幸村が両手を動かそうとしている。佐助はそっと、両手で幸村の両手を包み込んだ。
「折れてるよ、両の拳共」
息を飲む気配がする。佐助は一息に言い切った。
「というか砕けてる。一応応急処置はしたけど、物を握れるようになるにはしばらくかかるよ」
「…そうか」
返す言葉には、さすがに落胆の色があった。こういう時に限り、佐助は余計な口をきかない。なるべく感情を込めないように尋ねた。
「何したの?」
「槍が折れたのでな、咄嗟に手近な武器がなかったので拳で殴ってみた」
みた、という体験型な表現がまたすごい。あからさまに初心者くさいではないか。佐助は嫌な予感とともに尋ねてみた。
「今まで体術の経験は?」
佐助の言う体術が、取っ組み合いの喧嘩ではなく、しっかりした指導の元で習得する術を指しているのだと気付いて幸村はきっぱり首を横に振った。
「ない」
「だろうね。知識があったらこんな力一杯殴らないだろうし」
ちなみに、素人でも骨が砕けるほど殴ったりはしない。逆に知識があれば殴りやすい場所を狙うし、こちらの拳を痛めるような固い所を選んで殴るような真似はしない。
どちらにしても、普通は砕けたりしないのだが。
「頭痛くない?」
ため息をつきながら佐助は、幸村の両手を胸の上に戻した。
通常は、怪我の反動で熱が出る。一応、痛み止めと熱冷ましを飲ませているが、念のために聞いてみた。
「ぼんやりする」
高熱を発しているゆえだろう。うなされてもおかしくないのだが、幸村は意志が強いらしく言葉も乱れていない。さすが武士、といったところだろうか。佐助は幸村の額を軽く叩いた。
「寝てていいよ。朝になったら起こすから」
「すまんな」
さすがにしゃべり疲れたのだろう。幸村が目を閉じた。
やがて呼吸が寝息に変わって来る。寝たかな、と思った瞬間声をかけられて、佐助は少なからずびっくりした。
「今度、体術を教えてくれ」
「はいはい」
なんだろうこのタイミングは。
照れてるのかな、と思ったら佐助の方が恥ずかしくなってきた。
当然のごとく生きて帰り、その後のことも考えているあたりの思考回路には、もうツッコむ気にもなれなかった。



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