■陰行夜話・13


佐助はグサリと胸に衝撃を受ける。
アンタの頭の中の方がよっぽど愉快だよ。
言いそうになって、さすがに踏み止まった。
二人して生き延びようといている時に悪態はマズいだろう。
でも、絶対に自分の方がまともであるという自信はあった。そこだけは譲れない。
内心握り拳を固める佐助に、それでも幸村はまだまだ無頓着だ。声だけでも楽しそうと解る声が立証を続ける。
「仕事だ金ずくだと言う割に、某の心配ばかりするではないか」
仕事だ働かせ過ぎだという軽口は、佐助の日常である。存外口先だけで他意はなかったが、それに眉をひそめる武士が多いのは知っていた。元々武田軍は信玄のカリスマに支えられている部分が多い。ビジネスライクな発言が、信玄に滅私奉公している武士達に不快に聞こえるらしい。それは仕方ないのだが、幸村は常に聞こえていないかのように無反応だった。佐助はそれも、幸村を不思議だと思う一つである。
「それは大将に言われたから…」
「いいや、出会うた時からだったぞ」
「そうだったっけ?」
とぼけている訳ではない。本当に覚えていないのだ。
職業柄、記憶力には自信があったが、あまりにもどうでもいい軽口はさすがに覚えていなかった。ちなみに、覚えようと思えば、一言一句違わず一刻以上の会話を記憶することが出来る。
幸村は楽しそうに言葉を続けた。
「出会ったばかりの俺を信じるなんて無謀ではないのか、と問うたではないか」
「…そういえば」
幸村に初めて会った日だった。
会ったその日に一緒に合戦に出て、まるっきり信用されたので逆に「こいつ大丈夫だろうか」と心配になったのだ。
確かに無駄に心配している。
不承不承頷くしかなかった。
が、それだって仕事の一つと言えば言えなくもない。
主の体調くらい把握出来なければ、上忍とは呼べないのだ。
決して好悪の感情で動いている訳ではなかったが、確かに幸村にばかり気を回している気がする。だってなんか全体的に危なっかしいのだ。
というか、ここがどこで今の状況はどうだとかいう質問はまだだろうか。
ちょっと思考を逸らした隙に、幸村がまたしても自覚のない不意打ちをしかけてきた。

「佐助は優しいのだな」

「ばっ…」
その笑顔まで見えるような気がして、佐助は本気で動転していた。
馬鹿じゃないの、とも言えない。さすがに。
ホント、このマイペース加減はどうにかならないのだろうか。
しかも、なんだってこんなにいちいち翻弄されてるのか。
なんか悔しい。
佐助は、そんな場合でもないのにちょっとやり返したくなった。



12    戻ル    14