■陰行夜話・12


やっと見つけた洞穴だった。

とはいえ、人二人が横になれるほどのスペースはない。
だが、夜露と風、獣の襲撃をしのげるだけ文句は言えなかった。今のところ、敵軍が追って来る気配はない。
佐助はあぐらをかいた膝の上に、意識のない幸村の体を乗せていた。
小さな寝息は規則正しく、疲労著しいだけで怪我が篤い訳ではないのが判る。
見つけた時は、虫の息と表現して差し支えないほど死にかけていた。致命傷はなかったが、意識がなく呼吸が弱かったのだ。あのまま放置していたら、体力の回復が間に合わず呼吸が止まっていただろう。
佐助は大慌てで応急処置をし、栄養の塊である自分特製丸薬を無理矢理飲ませた。とにかく戦線を離脱せねばと背負って移動していたら、いつの間にかけっこう顔色が良くなっていた。よほど体の基礎がしっかり出来ているのだろう。
五官だけは研ぎすましたまま、佐助も体を休めることに専念していた。動かないだけでも、呼吸を整えれば随分と回復出来るのだ。
幸い、幸村という熱が身近にあって体の冷えを補ってくれている。むしろ上にかける物がない幸村の方が寒いかもしれなかった。
夜明けまであと二刻といったところか。このまま休み続ければ、朝にはほとんど全快しているだろう。佐助は。
やがて幸村が小さくみじろぎをした。目を覚ます気配がする。

「?」

月明かりも差さない洞窟の中だ。佐助ですら輪郭を辛うじて把握出来る程深い闇の中なのだから、幸村には何も見えていないだろう。安心させるために、佐助はその額に手を置いた。
「もっと寝てていいよ」
いまだ戦闘区域内のため、佐助は戦衣に全身を包んでいる。手指もしかり。触れられた方は感触が悪いかと思って、すぐ手を離した。
が、反応がない。
目が覚めて突然真っ暗だったらもっと慌てても騒いでもおかしくないはずだが、幸村は無言だった。黙ったまま、首を右、左と動かす。腿がくすぐったい。
しばらくすると、場違いにいぶかしげな声が上がった。
「…もしかしてこれは佐助の膝か?」
「僭越ながら」
佐助は肩すかしを食らう。普通、寝ている頭の下ではなく場所を聞かないだろうか。
だが幸村はどこまでも恐縮する場所を間違えた。
「すまんな、重いであろう」
「いや全然」
実際、この程度の重さなら苦にはならない。何より、意識のない幸村を抱えて真夜中の山中を彷徨うよりはよほど楽だった。敵将の首を取った以上、更なる追っ手がかかることもあるまい。今夜は、出来ることなら動きたくなかった。
しかし幸村は相変わらずのほほんとしている。
「だが、乗せている者より乗られている者の方が不本意だろう」
「いや別に」
場所がないんだから仕方ないし、一介の忍が主の頭を膝に乗せること自体不遜である。それよりも今の状況に危機感はないのだろうか。
「今度俺の膝を貸そう。それで埋め合わせにはしてくれぬか」
「そんなことより!」
心底申し訳無さそうな声に、佐助はついに声を荒げてしまった。
幸村がぴたりと押し黙る。佐助は押しかぶせるように言葉を繋いだ。
「まだ山の中から抜け出せてない。敵軍のまっただ中だ。残党狩りがそのへんうろついてんだぜ?あんたは疲れきってて起き上がれもしない。膝枕の心配なんかどうでもいいだろうが!」
膝枕の心配とは何のことやら。
佐助は我ながらおかしな言い回しに内心飽きれた。
どうもこの主の前では、ペースを狂わされてばかりだ。
しかし幸村は動じた様子がなかった。ちょっと首を動かす。
「佐助と共に居れば、まず大丈夫であろう?」
そうかと言って、佐助に頼り切っている訳ではなさそうだった。どちらかというと、佐助に置いて行かれたら一人で帰るには道が判らないみたいなことを、本気で悩んでいそうだ。
なのに、幸村ときたら徹底的に佐助の心理が解っていなかった。相変わらずの穏やかな声が洞窟内に響く。
「佐助は面白いな」

酷い一言だった。



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