■陰行夜話・1


「真田源二郎幸村だ」

そう言ってにっこりと笑った顔は、年相応に若かった。
佐助は唖然とする。一小隊を率いているとは思えないほど貫禄がなく、これから一戦始めるという割に屈託もなかったからだ。今年で十五と聞くが、年相応に若い。いや、幼かった。
こんなのが真田の大将?
聞いていた話とは随分違う。
噂によれば幸村は、戦場では一番駆けを常とし、誰よりも勇猛果敢に攻め込む豪の者として敵からも一目置かれる存在だった。だからもっと厳つい大男を想像していたのだが、見た目は柔和で自分より細身。紅蓮の鬼ともあだ名される勇将の雰囲気が全くなかった。
「佐助です」
噂も当てにならないな、と少しガッカリした。
有能な主の元でこそ、佐助の力は発揮される。主を生かし、作戦を活かすことが佐助の仕事だからだ。武将は力に頼る猛将タイプか血統に頼る凡庸タイプが多い。諜報や斥侯など、裏方を使いこなせる主は意外に少なかった。
またハズレかなぁ。
ハズレを引いた場合の進退は決まっていた。ギリギリまで従ったあげく、土壇場で自分だけ逃げ出す。忍を使いこなせない主に問題があるのであって、佐助が卑怯な訳ではない。とはいえ、負け戦を見るのは楽しいものではない。
今回、佐助は主家である武田家から特に念入りに勧められて来た。だからさぞかし働き甲斐もあるだろうと思っていた反動で、気落ちも大きかった。戦場で阿呆に付き合っていたのでは、命が幾つあっても足りない。今回も、見限るパターンになるのだろうか。
だが、次の一言には更に驚かされた。
「佐助、俺の背後を任せる」
「は!?」
どう考えてもそれは、初めて会って二言目に言う台詞ではない。佐助は耳を疑った。背後を任されるということは、常に共に行動して同じ目線で戦わなければならない。呼吸の合った者同士でないと、威力は発揮されまい。
それにいつでも不意打ち出来る位置だ。出会ってすぐ、信頼関係もなしには言えないはずだった。武将はよく豪快さを好むが、どう見てもこれは無謀に近い。動物並に発達した聴覚は、ついに空耳まで聞いちゃったのだろうか。
だが、幸村は笑みを崩さなかった。
「よろしく頼む」
言うだけ言うと、さっさと先に行ってしまう。
佐輔は呆然とその後ろ姿を見送った。
そういえば忍に対する軽蔑の視線がなかったなと、今さらながらに気付いた。



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