■ねどこ・9


観念したが、寝られる訳がなかった。
小十郎は何度目になるか判らないため息を心の中で吐き出す。
主と同衾してのびのびと快眠出来る家臣というものが居たら見てみたいものだ。
逆に、政宗がこれでもかというほどよく眠っているのは幸いだった。もっとも政宗の場合、小十郎の看病と警戒で寝不足だろうから仕方ないのだが。
目が赤かった。
お元気そうでと言いはしたが、寝不足なのは一目瞭然だった。しかし「寝不足ですか」と言えば怒る。敢えて言わなかったのだ。
小十郎は静かに感激していた。
意識のない小十郎の代わりに、寝ずの警戒してくれていたのだ。ただ一人、異国の地でそうそう出来ることではない。気遣いが有り難かった。
小十郎自身も、完治に程遠い体は眠りを欲している。
しかし政宗が眠っている今は、共に眠る訳にいかなかった。
いまだ体は満足に動かせないが、警戒だけでもしておきたいのだ。
それに…、と首を傾けた小十郎の頬に微笑が浮かぶ。
何となくもったいないからと言ったら、また怒られそうだが。
右肩を動かさないようにして、政宗の肩に布団をかけ直した。
最初は離れていたのに、寝ているうちに少しずつ寄って来て、今では小十郎の二の腕を枕に寝ている政宗だった。恐らく、暖を求めて移動して来たのだろう。

昔から丸まって寝る御子だったな。

元服してからは寝姿すら見たことがないものだから忘れていたが、接してみればにわかに昔を思い出した。
武将の子はごく幼い頃から一人で寝るよう躾けられる。政宗も例外でなく、広い座敷にただ一人で置かれていた。ちなみに、戦国の世は寝るのが早い。
しかし政宗は寝付きが悪かった。
決して恐がりではなかったが、感受性が強いというのか少しの物音でも気にするのだ。やがて、あれこれ思いを巡らせているうちに寝付けなくなるらしかった。そんな時、小十郎はよく政宗の話し相手をしたものだ。
「俺が寝るまでそこに居ろ」
そう言って小十郎を部屋に入れ、とりとめもない話をした。時には雨の音を聞きながら、障子越しに光る雷鳴の眺めながら、あるいは雪の積もる気配を感じながら。
当時、政宗は梵天丸と呼ばれ、乳母は小十郎の義姉だったが、遅くまで起きているのを見つかっては二人して怒られたものだ。
冬はさすがに寒く、義姉がこっそり温石を用意してくれたこともある。だが、当の政宗が寒さに耐えかねて、何度かは共に布団に入れと命じられた。まだ政宗が、今の半分ほどの身長だった頃までの話だ。
その頃から、政宗は丸まって寝る子供だった。
傅役ならば、寝相の指導をしても問題はない。特に丸くなって寝るなど、武将としては可愛らし過ぎると禁めてもおかしくない。だが、小十郎は敢えて指摘をしなかった。決して順風満帆に生きてきた少年期ではない。眠る時くらい好きにさせたかったのもある。
だが、小十郎には解っていた。
寝相など改めなくても、政宗がひとかどの武将になることを。
その感動は、常に小十郎の胸の底に静かに満ちている。

立派な竜にお成りになった。

小さい時分は、警戒心が強くて敏捷で気性が荒い梵天丸を、毛を逆立てた猫の子のようだと思っていた。さすがに今、猫とは思えないし、むしろ寝ぼけて首を刈るくらいはやってのけそうな気概がある。
それこそが頼もしかった。
政宗が竜ならば、小十郎は竜の片目と成ればいい。政宗が雄々しく成長するにつれ、望まれる能力が高くなっていくのが心地よい。信に足る家臣となる、その努力をするのが楽しい。文字通り、竜の右目と二つ名が世に通るようになったのは誇らしかった。
それが同衾という形に結びつくのは明らかにおかしいが、隣で無防備になれるほど信頼されていると知って嬉しくない訳がない。
何よりも。
思いをめぐらす口元に、ほのかな笑みが浮かぶ。

小十郎自身も、温かい政宗の体の熱に癒されているのだ。



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