■ねどこ・8


異国の地でさぞご不自由にお過ごしのことと存じます…

から始まる左月の手紙は、家臣の模範として後世に残しておきたい程すばらしい物だった(と小十郎は思った)。読ませてもらい、その心遣いに思わず落涙しそうになった小十郎とは対照的に、政宗はふてくされている。
自分の無茶に対して、説教ではなくフォローに廻られると、逆に居心地が悪いのだ。それが判っているからこそ、小十郎は笑う訳にいかなかった。
時は既に、夕暮れ時になっている。
食事は済ませた。
自国ならば夜中まで酒宴など好き勝手に出来るが、他国に邪魔になっている分際で、無駄に脂燭を減らす訳にもいかない。小十郎も回復してないことだしと思ったのだろう、政宗は伸びをしながらあくびをした。
「お前、ちょっと横にずれろ」
部屋にただ一人しか居ない家臣・片倉小十郎に声をかけてくる。
夜具に半身を起こしたままの小十郎は硬直した。
「…政宗様、まさかとは思いますが小十郎と一つ布団に入ろうとなさってるんですか?」
「おうよ」
言いつつ、政宗は既に小十郎の隣に潜り込んで横になっている。
「いけませぬ!」
怒鳴りながら身をかがめようとして、両方の動作から背中に痛みが走り、思わずうめく。政宗が笑った。
「そんなザマでいかぬもないだろ。片付けんのめんどくせぇから隣に寝させろ」
確かに、部屋中を片付けないと政宗が寝るスペースがない。政宗が広げた物ではあるが、主に雑用を言いつける訳にもかなかった。健常ならば小十郎が片付けているところだ。それよりも。
「し、しかし…」
小十郎の声に動揺が走る。というかさっきから動揺しっぱなしだ。
傅役時代ならいざしらず、はっきりと家臣という地位になってから君主と同衾したことはない。夢想だにない。というか、あり得ない。
そもそも二人しか居ないのに二人で寝てしまっては、警戒が出来ないではないか。
どこから言い立てればいいのか目処も立たないほど混乱している小十郎に対して、政宗はのんびりしていた。立てた肘に頭を乗せて、小十郎を見上げる。
「隣に寝てれば咄嗟に庇いやすいしな」
「庇ってはなりませぬ!」
庇うのは本来小十郎の役目である。しかし政宗は面倒くさそうにもう一度あくびをしただけだった。
「いいからお前も横になれ。そして早く布団をかけろ。俺が寒い」
「…は」
そう言われるといつまでも強情を張っている訳にもいかず、小十郎は諦めて政宗の肩にそっと布団をかけた。そして自分もゆっくりと横になりかけ…途中でハタと考えた。
今さらながらに、どっちを向いてどう寝れば最善なのか判らなくなってしまったのだ。だいたい、防備に対してか主君に対してか内心の葛藤に対してか、はたまたもっと複雑な恣意に対しての最善なのかが判らない。
肘をついて寝かけた体勢のまま硬直する小十郎に、目を閉じた政宗が苦笑した。
「まだ寒ぃぞ」
言外に、お前がちゃんと横にならないからだと責められているのが判る。
主君に二度催促されて従わない家臣などあり得ないだろう。
小十郎はようやく観念した。



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