■ねどこ・4


「せっかく気合入れて変装してきたのに、ひとめでバレちゃったか」

佐助は肩をすくめて見せた。
わざわざ農民のふりをして騙そうとしたことに対する後ろめたさは感じられない。政宗は笑ってやった。
「いいや、なかなか見事な化けっぷりだったぜ。もしあんたと面識がなかったら、問答無用でたたっ切ってた所だ」
佐助が笑顔のまま表情を凍りつかせる。
「物騒だねぇ」
「仕方ねぇだろ。医者以外誰も寄越すなっつってあるんだから。誰か来たら刺客と思うだろ」
「思うかなぁ」
少なくとも、佐助の主・幸村だったら思わないだろう。好意は好意として余すところなく受け止めてから、命を狙われたら全力で抵抗する。いかにも幸村らしいが、無駄は多い。
確かに、政宗のように問答無用で切り捨てる方が理に適っていた。
政宗が鷹揚に顎をしゃくる。
「あんたの主はそういう部分はきっちりしてんだろ」
言われてみれば、医者以外誰も近付けないようにと頼んだ政宗の言葉を守らない幸村ではなかった。実は意外と賢くて、信義に篤く物事の軽重が見えるのは特に美点だと思っている。政宗こそ、幸村のそういう部分を信用してくれてることに、佐助はちょっと嬉しくなった。
「なんだ、気色悪ィ忍だな」
途端に政宗が顔をしかめる。決して顔に出して笑ってはいなかったのに、ソッコー見破られてしまった。先程の変装を見破ったことといい、佐助は内心舌を巻く。
「…いい目してるねぇ、竜のダンナ」
この一ツ目竜は、二ツ目の人間よりよく物が見えるらしい。
政宗が鼻で笑った。
「ったりめーだろ。俺が一日平均何人の顔見てると思うんだ。手前の家臣も余所の家臣も行商人も坊主も芸人も乞食も農民も、一度見たらたいがい覚えるさ」
領主が常に人に囲まれた暮らしをしているのは知っている。人の顔を多く覚えるのが仕事だというのも判る。一度会った人間の顔を、忘れてしまうのと覚えていて忘れたふりをするのとでは、交渉するにも天地の違いがあるだろう。
が、佐助は首をひねった。
「えー、沢山会うから覚えられないんじゃないの?」
「相手はこの独眼竜を一度で覚える。だったら俺も、そいつらの顔を一度で覚えねぇとフェアにならねぇだろ」
確かに。この眼帯、男にしては整った容姿。そして片目にも関わらず、呑まれてしまいそうに強い左目。顔だけでも充分印象は強いが、加えて発する気も強く、口は悪く性格も荒い。目立つ特徴しか持っていない気がするのは気のせいだろうか。
もちろん、本人を目の前にしてそんな人物評は口にしないが。
「変装しても判るの?」
首を傾げてみると、政宗に小馬鹿にしたように笑われた。ホント小憎らしい。
「いかに忍が変装の術に長けてても、目の動きと気配を変えるのは難しいだろ。アンタの目は変わってるからよく覚えてる」
「へぇ、どんなふうに?」
佐助は興味を惹かれて尋ねてみる。
「表情は動かさなくても目の表情が目まぐるしく動く。コマみてぇだよな。…まぁ、頭の回転もそれだけ早いってことだろうけど」
褒められたのかもしれないけれど、忍としては嬉しくも何ともない。
この人と話をする時は顔を見られないように出来るだろうか。
真剣に検討を始めた佐助に、政宗が射抜くように目を細めた。



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