■ねどこ・3


その男がやってきたのは4日目の昼前だった。

「医者の先生のお言い付けで参りました」
慣れないらしい敬語がたどたどしく、ひとめで農民と知れる野良着姿だ。四十代だろうか。動作も遅く、見るからに鈍重そうだった。
医者から、近所の村人がたまに手伝いに来ているとは聞いている。
「お城からの預かり物を持ってけって。へぇ」
表情はうすらぼんやりしていて、視線は落ち着きがない。手足は土に汚れ、足袋など履いたこともなさそうなほど肌が黒光りしている。つま先を外に向け、腰をかがめるような歩き方は、重いもの物を持ち慣れている農民独特のものだ。
だが、政宗は気に入らなかった。
「待ちな」
ある種の予感に突き動かされ、腰に佩いた刀に手をかける。流れるような動作で鞘から抜くと、切っ先をその男の首元に突き付けていた。
「な、何するですだっ」
うろたえた表情と声は、とても作っているようには見えない。だが、政宗は刀を下ろさなかった。
「名前は」
「ひぇええ、お助けを」
男が震えながら後ずさりしている。政宗は表情を殺し、ゆっくりと繰り返した。
「名前だ」
「た、助け…っ」
政宗の全身から、ほむらのような殺気が立ち昇る。ひとつしかない目が細められた。

「もう一度だけ聞く。名前は」

耳が痛いほどの静寂。
と、空気が一変した。


「−猿飛佐助」


その声はどこから発せられたのか。
ふいに一陣の風が巻き起こる。
狭い小屋の中で男が身軽に宙返りをした。一瞬姿がかき消える。しかし次の瞬間にはもう、そこには剽悍な若者の姿があった。
忍装束に包まれた四肢は、全身これ武器か思う躍動感に満ちている。年も、せいぜい二十歳を過ぎたくらいだ。表情もだが、衣類も改めた姿は、先ほどの農民との類似点がまるで見い出せなかった。
「…ったく、早く名乗れってんだ」
政宗がぼやきながら刀を収める。警戒は解かないが、殺気は消え失せていた。



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