■ねどこ・19


政宗からの手紙は、内容も分かりやすかった。
小十郎が世話を斡旋したことに対する、簡単だが率直な謝辞が述べられている。そして幸村の見舞に対する礼もあった。
幸村は三たび感心する。手紙など、形として残るものは証拠となるため、よほど言葉に気をつけなければならない。家族へ私信を送るのではないのだ。敵国の将へ、自分の立場を判らせる意味合も込めなくてはならない。用途により、簡潔で無駄のない言葉選びが出来ることは、それだけで頭の良さを表していた。
読み進む途中で、幸村が首をかしげる。
「"匠の技 持ち帰れぬこと はなはだ遺憾なり"」
その箇所を読み上げてみて、佐助を仰いだ。
「どういう意味だ?」
佐助はにわかに焦る。
「ええっとね…それは…」
おタキさんのことだろう。
政宗は、見舞に持ってったおタキまんじゅうとかしわ餅をいたく気に入っていた。本人を連れ帰ろうかと、冗談ともつかぬ顔で言われて焦ったのは昨日の話だ。おタキさんを奥州に連れてって、まんじゅうを作らせようとしたのだろう。未遂とはいえ、幸村に言ったら怒るんじゃないかと佐助は言葉を濁した。
せっかくお互い爽やかに別れようとしてるのに、どうして騒ぎを起こそうとしてんだあの暴れ竜は。
内心ののしっていたところで、更なる幸村の声を聞いた佐助の思考は止まった。
「"折あらば 手ずから 奥羽の甘味 振る舞いたし"」
なんか途中聞いてなかったけど、今幸村が読み上げた部分は要するに「旨い飯をもらったから、お礼に自分の手料理でお礼したい」ってことだ。
「え…っ?」
佐助は本気で驚いた。
「竜のダンナが手料理!?」
「そのようだな。料理の礼に手料理を返そうとは、なんとも義理堅いことだ」
幸村はしきりに感心しているが、佐助の驚きは別の場所にあった。
「それってつまり…」
つまり政宗は、おタキさんを連れ帰ってお抱え菓子職人にしたかったのではなく、おタキさんに料理の指導を受けたかったのではないだろうか。だって手料理でお礼するなんて、よっぽど自信がなければ言えない。しかもあの高飛車が言うんだから、相当なレベルのはずだ。幸村が泣いて感動するような超絶甘味を用意するに違いない。
そこで佐助は納得した。
「…あー。うん、なるほど」
やはり政宗は、おタキさんの菓子作りのスキルを吸収したかったのだ。
政宗が凝り性で完璧主義なのは、少し見てればすぐ判る。おタキまんじゅうを上回るような、幸村をあっと言わせるまんじゅうを作るに違いない。自分の欲と幸村の満足を一致させて計画してしまうあたりが、いかにも政宗らしいと言えた。
…が。

しかし、そんな理由で平民を拉致する領主がかつて居ただろうか。

佐助はちょっと空ろな視線のまま、幸村を見た。
「某が甘味を好きと知っての心遣いだろうか」
心優しい主はどこまでも好意的に勘違いし続ける。
どうやらおタキまんじゅうと政宗の手料理が繋がっていないらしい。それはそうだろう、佐助は政宗がまんじゅうを気に入ったという話はしたが、おタキさんを拉致りたいと言っていた話はしていないのだ。
佐助は幸村から視線を外し、ちょっと遠い目になった。
肩の力を抜く。
「…ともかく、帰ってくれて良かったよ」
政宗に気使って顔出す時間計算したり甘味買ってみたり態度を改めてみたり、もうしなくていいと思うとホントせいせいする。自分が世話好きの部類に入るものだから、あんなののそばに居たら際限なく世話してしまうのが判るのだ。
気分を入れ替えるために立ち上がると、ついでに伸びをした。

「布団干して来るね」

もうこうなったら、小十郎と同衾していた件も話しちゃって問題ないんじゃないか。
むしろ幸村がどう好意的な解釈をするか聞いてみたい。
その様を思い浮かべて、佐助はちょっと吹き出しながら母屋を後にした。



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