■ねどこ・18


翌日政宗を尋ねた佐助は、無人の小屋を見回して溜め息をついた。
なんとなく予感はしていた。
こういうのは理由がない、直感のようなもので、優れた忍ほど感が良い。理屈ではなかった。
強いていえば、昨日最後に見た政宗の顔がなんとなく気にかかった。普通にしてたけど、ひっかかるものがあった。意味ありげに「明日もう一度来い」と言われた意味は、こういうことだったのだ。今思えば、あの時にはもう明日ここを立つつもりでいたのだと納得がいく。
「しかも無言でかよ」
あの主従ならそれもありうるが、逃げられたようでどうにも面白くない。
佐助はぼやきながら部屋に上がった。昨日まではだいぶ散らかっていた部屋が、綺麗に片付いている。当たり前だが行李の中の物は全て持ち帰ったのだろう。元の何もない部屋に戻っていた。
小十郎が寝ていた布団も、きちんと畳まれて部屋の隅に置かれている。
その上に、白っぽい物が置かれていた。
「ん?」
佐助は首をかしげながらそれをつまみ上げた。

「…という訳で竜のダンナも右目のダンナも帰っちゃってました」
正直に白状しながらも、佐助はちょっと情けない気分を味わっていた。
自ら見舞いたいと言っていた主を、ついに一度も対面させることなく帰してしまった自分が情けない。でも小十郎のあの怪我具合では、10日かそこらで長旅出来るまで回復するとは誰も思うまい。自国の方がゆっくり養生出来るのは判るが、随分無茶をしたものだ。
だからと言って、日夜監視を置いて動向を調べるとか、本気で所在を把握している気はさらさらなかったのだが。
さぞやガッカリするだろうと思ったのに反して、幸村は苦笑したのみだった。こちらもズバ抜けて感がいい。政宗と会えずじまいで別れることは、ある程度予感していたようだった。
「政宗殿は広大な奥州の主、お忙しいのだろう。仕方あるまい」
平常の幸村はおおらかな性格で、気性も穏やか、むしろのんびりしている。これしきのことで怒ったりしないのは判っていたが、判っているからこそ、期待に応えられないと勝手に落ち込む佐助だった。
「ごめんね、ダンナ」
しょんぼりする佐助に、幸村が笑う。
「敵にほどこしを受けるを良しとする政宗殿ではないだろう。佐助が気に病むことではない」
政宗が幸村の性格を見越していたように、幸村も政宗の性格を理解している。宿敵同士の絆はけっこう深いようだった。
事実、幸村はガッカリしていない。佐助をなぐさめるための方便でないのが判るので、佐助も落ち込むのを止めた。
と同時に思い出す。
「そうそう、竜のダンナの置手紙があったんだ。はいこれ」
手渡したのは、政宗から幸村への手紙だった。
受け取った途端、開く前から幸村が驚く。
「ふぉおお、綺麗な紙でござるなぁ」
それは、金銀砂子の入った美しい綾色の料紙だった。手触りだけでも上等と知れるし、コウゾの繊維混じりな粗悪紙慣れしている幸村には、紙の色も厚みも均一という点で既にレアだ。このあたりでは見ることすらない上質の和紙。幸村は知らなかったが、それは仙台特産の白石紙だった。
手紙を開いて、幸村は更に驚く。
「ふぉおお、美しい手蹟でござるなぁ」
筆蹟にはその人物の人柄が現れる。筆遣い一つで、繊細だったり豪胆だったりと性格の一端を推測出来るのだ。中でも美しい筆跡は、それだけで人物の格を上げる。女性ならば、美人の条件の一つになる程だ。実際に顔を見たり会って話したりする機会の少ない時代において、筆跡というのは相手をうかがい知る重要な情報源だった。
政宗の筆蹟は、繊細かつ流麗で品がある。公家の手蹟と比べても見劣りはしないが、貴族にはない大胆さ、力強さがあった。地位が高くなるほど、口頭を代筆が書くしきたりがある社会である。案外領主自らは悪筆が珍しくない中で、政宗の手蹟は瞠目に値する見事さだった。それこそ、筆蹟だけで一角の人物を思わせる。
奥州を束ねる若きカリスマは、筆跡の美しさも伊達ではなかった。



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