■ねどこ・17


「だいたいその真田はどうした?」

政宗は話を逸らした。
とりあえず老婆やまんじゅうの話題はいいとして、ずっと気になっていたのだ。見舞に来るのはいつもこの忍一人で、主の幸村は一度も顔を見せない。
この家を手配してもらったことだし、政宗としては会えばきちんと頭を下げねばなるまいと思っていた。それとも、こちらから出向いた方がいいのだろうか。だったら政宗に否やはない。なぜだか左月の寄越した行李には裃も入っていて、形式を望むならおあつらえ向きなのだ。
しかし佐助は苦笑したのみだった。
「気を使って顔見せないだけだよ。本当は様子を見に来たがってる」
どうも裏がなさそうだ。佐助はともかく、元々幸村本人はあまり裏がある性格ではない。挨拶一つに駆け引きを求めている訳ではなさそうだった。
途端に政宗は、あれこれ面倒くさくなってダレてしまう。
「あー?じゃあさっさと来ればいいじゃねぇか」
感謝させるついでに恩を売って、有事の際に交渉を有利に持ち込みたいとかそういう話じゃないなら、会いたい時に会いにくればいいのだ。何しろこちらは怪我人の小十郎が居て動けない身、選択権はない。お愛想の一つも言ってやろうというものだ。
ふんぞり返る政宗に、佐助が、顔を覗き込むように声を低くした。
「…いいの?竜のダンナが弱ってるとこなんて、見られたくないんじゃないの?」
いつ見ても、くるくるとよく色を変えるこの忍の瞳は面白い。
探るような眼差しは、こちらの腹の中まで見透かすような強さがある。こういう奴ほど、出方次第で何十通りも返答を変えてくるものだ。反応を見るのが楽しかった。
「弱ってねぇよ」
睨み返してから、少しの間が開く。
政宗の眼差しが、ふと遠いものになった。
「…そういう気の使い方か」
憔悴した顔を幸村に見られたくないと、政宗がそう思っているとしたら。幸村がそう考えているとしたら、のんきに顔など出せまい。幸村は、そんな形で他人の弱味を見たがるタチではないからだ。相手がどう思おうと、幸村自身が気にしてしまうだろう。全く幸村らしい、ガチガチの武士らしい思考回路だった。
佐助が、政宗の思考をなぞるように付け加える。
「あれでもね。いろいろ考えてるんだよ」
なぜか、考えを補足されたような言葉にカチンと来た。見透かされたと思ったからか、幸村との絆の深さを見せつけられたからか。薮睨みに言い返す。
「あぁ?んなこた知ってるさ。アイツは天才型だろ」
ぞんざいな言葉だったが、佐助は了解したようだった。
口で説明出来ずとも、幸村は実行でとんでもないことをしでかす。何も考えていないというよりも、緻密で煩雑な作戦を口にする前に自ら動いてしまう。説明が、思考と行動速度に追い付かないのだ。まさに天才の典型ではないか。
佐助が口笛を吹く。
「判ってるじゃん、竜のダンナ」
「判らいでか。永遠のライバルだぜ」
そんな天才のサポートが出来るくらいだから、この忍も相当な手練なのだろう。臨機応変な判断が出来る分別と、実行力に伴う多才さ。身分がないことが、いっそ実力の凄まじさを示している。
こいつこそ、フリーだったら連れて帰りたいくらいだぜ。
面憎いことこの上ない本人を目の前にして、口が裂けても言いたくはないのだが。
そもそも政宗としては、幸村を手放しで褒めることも珍しい。それを家臣の目の前でやってやったのに、佐助は微妙に首をかしげただけだった。
またしてもちょっとムッとくる。睨んだ先で、佐助がぽつりと呟いた。
「…それって遠回しに自分もスゴイって言ってるの?」
あやうく吹き出しそうになって、政宗は腹筋に力を込める。余裕、を装って不敵に笑った。
「遠回しじゃなくても俺が素晴らしいのは一目瞭然だろうが」
冗句などではなく、さらりとそう言うと佐助が半眼になった。
「そうでゴザイマスね」
「うっわ、ムカツくー」
口ばかりでいかにも馬鹿にしきった追従に、こちらも腹を立ててみせる。
表層的な会話の応酬というのは、一見無駄である。行間を読む力、裏に含意を込める技術がなければ上滑りするだけだからだ。だからこそ、力量がある者との会話は楽しい。
政宗は口の端で微笑むと、ゆっくりと忍の目を覗き込んだ。

「明日、もう一度来い」



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