■ねどこ・16


伊達主従のお茶の場には、なぜか佐助も同席していた。
毒見と称して、無造作に選んだ一個を食べている。政宗の暇の相手をさせられているのだ。話題はもっぱら、前回のまんじゅうと今回のかしわ餅のことだった。
「城下町の東の辻にある小さな家でね、おばあちゃんが一人で作ってるんだ。店として開いてる訳じゃないんだけど、けっこう近所にも評判でさ。前にダンナが、そのおばあちゃんの荷物を代わりに持ってあげたらお礼にだんごもらって、それがあんまりにも美味しかったからってたびたびもらいに行ってるんだ。
もちろんタダじゃないよ?ちゃんと金子か物々交換か、肉体労働かで代償支払ってるし、俺が」
最後の余計な一言は聞き流したが、政宗はけっこう感動して聞いていた。
老婆の家庭の味がここまでハイレベルとは、予想だにしなかった真実である。しかも販売物ではなく、物々交換でしか手に入らないレア物。
政宗は苦々しげに呟いた。
「チッ…マズイ統治してたら職人を連れ帰る予定だったんだが」
上田が貧困層ばかりで治安も悪い土地だったら、老婆の一人や二人攫うのはたやすい。しかし来る途中に見た上田の城下町は活気があって栄えていた。こんな町で、地域に溶け込んでいる老婆を攫っては外聞もまずかろう。
ちなみに、戦国時代は世相が悪いだけあって人攫いなど珍しくない。特に領主は何をやっても許される(と思っている)ので、人攫いくらいでは良心の呵責も起こらないのだ。実態は人攫いだが、召し上げという上品な言葉一つで突然人が居なくなるのは、割と珍しいことではなかった。
だから政宗は、ひたすら「奥州筆頭」という肩書きが傷つくことを恐れて遠慮しただけだ。老婆を無理矢理かどわかして独眼竜の名に傷を付ける訳にはいかない。
という訳でしぶしぶ引き下がった政宗だったが、佐助は顔面蒼白になった。
「ちょ…止めてよね!? おタキさん拉致されたらダンナが本気で奥州まで追っかけてくよ!? 大将の命令とおタキさんのまんじゅうどっちを取るか選択させたら3日は不眠不休で悩むくらいおタキまんじゅうのファンなんだからね!?!」
政宗があっけに取られて佐助を見返す。
「いくらなんでもそこまでしねぇだろ」
明らかに馬鹿にした声に、佐助がますます慌てた。
「冗談じゃないってば!本気でダンナはおタキさん追っかけてくって!
あ、判った。冗談でも言いからダンナの前で"あのまんじゅう職人連れてっちゃおっかな〜"って言ってみて?もれなく果し合い申し込んでくるから!」
「まんじゅうが板ばさみの果し合いじゃなぁ…」
幸村と真剣勝負するのは望むところだが、その理由が"老婆の作ったまんじゅう"というのはいかにも盛り上がりに欠ける。全然スタイリッシュじゃないし、全然盛り上がれない。
しかも、幸村は困っている老婆も見捨てられないお人好しらしい。やっぱりという感じがした。
「Ah…真田だけ一方的に盛り上がりそうだな」
到底、自国民でもない老婆一人に命はかけられない政宗である。背後で小十郎がほっとした顔をしているが、それが普通だ。
佐助が苦笑顔を崩さないまま言った。
「あー…それは仕方ないね。ダンナってば甘味好きだから」
「好きにも程があるだろ」
言ってから、ふと気付く。政宗が不審の面持ちで顔を傾けた。
「…本気でそれだけ好きってことか?」
「だから冗談じゃないってさっきから言ってるでしょ?」

伊達主従が、不可解であるという表情で顔を見合わせた。



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