■ねどこ・14


もう一日経つと、小十郎は随分と体調がよくなっていた。
一日中起きていても疲れない。また部屋の中を支障なく動けるようになっていた。
だからと言って、政宗は小十郎が床上げするのを許さなかった。じっと寝て早く治せと言うのだ。
起きても政務が溜まっている訳ではない。政宗の言い分に理があるのは明らかで、小十郎は大人しくねどこに横たわっていた。
その結果、小十郎は昼でも眠くなくともねどこの中に居て、政宗は傍らでごろごろしていた。その手には、いまだにまんじゅうが握られている。
だって二人なのに、幸村ときたら十個も持って寄越したのだ。どんだけまんじゅう好きだと思われているのか判断に迷う。ちなみに伊達主従は、甘味好きの幸村がまんじゅう10個を一日にして一人で食べてしまうことを知らない。
いや、そのへんで思考をさ迷わせているのは小十郎だけで、今の政宗はまんじゅうの美味しさの秘密しか頭にない。

「このあん、どうして美味いんだと思う?」

もう昨日から何度聞かされたか解らない問いが、もう一度発せられた。変わった隠し味を入れたのか、調理法に秘訣があるのか、まさか上田産の小豆が特別旨いのか。律儀で忠実な小十郎も、さすがに返答のバリエーションが尽きてきている。いや、尽きた。
それに、同じ話題が続くことにもしんどくなってきた。
だから、政宗の気を逸らすつもりで言ってみた。
「…歌でも詠まれたらいかがですか?」
政宗がぱちくりとまばたきをして小十郎を見上げる。
何を言われたか理解出来なかったらしい。じっと小十郎の顔を凝視しているだけで、顔上には感情が浮かんでいない。
小十郎は重ねて言ってみた。
「初めて訪れた上田の地です。一句お詠みになってはいかが?」
政宗の顔に、ようやく感情が浮かんだ。一瞬の驚きから、急速な呆れ顔に変わる。声も呆れていた。
「…毎日お前の顔見ながらどんな句を作れと言うんだ?」
政宗がいくら感受性が豊かで詩歌の才能に溢れていると言っても、刺激と変化と外出する機会のない生活の中では早々良い歌は浮かんで来ない。今の政宗は、目を瞑ってもまんじゅうと小十郎の顔しか瞼に現れないという引きこもり具合なのだ。
そもそも歌とは、自然と身の内から溢れ出る感情の発露であって、無理してひねり出した句にロクな出来映えのものはない。…というのが政宗の持論である。
それを常日頃から聞かされている小十郎は、もっともですと一礼した。
「私の顔をずっと見ていても面白くないでしょう。少し外に出られてはいかがですか?」
途端に政宗の呆れ顔が、今度は渋面に変わった。
「駄目だ」
「駄目とは?」
思いのほか強い拒絶に驚きながら問い返す。政宗の性格からいっても、まんじゅうなんぞにうつつを抜かしている状況から言っても、飽きているのは一目瞭然なのに。
政宗が強く、小十郎を睨み上げた。
「お前から目を離す訳にはいかねぇ」
そんな強い目で言われるとは思わず、咄嗟に小十郎は返答に迷う。気晴らしのつもりで軽く言った一言が、これほど主の感情を刺激したのは意外だった。
「…お気遣いはありがたく思いますが」
かなり鋭く睨まれているが、それが政宗の気遣いであることは間違いない。
主の感情を読み誤ったりはしない。
しかし、ただ一人の家臣をそこまで心配するのは困りものだった。領主は公正さを求められる。一人だけに優しくするくらいなら、誰にも優しくない方が振舞いとしては正しいのだ。
言い淀む小十郎から、政宗がふいと顔を背けた。
「一応迷惑かけたと思ってんだ。たまにはじっとしててやるから看病されてろ」
「…政宗様」
小十郎はすっかり感激してしまっていた。
たとえ近場でも、政宗が一人で外に出たら心配せずにはいられない小十郎だ。政宗にとっては苦痛以外のなにものでもない「じっとしている」という行為が、小十郎をどれほど安心させるか知っているからこその一言だった。深々と一礼する。
「…かたじけのうございます」
言ってる間にも、政宗の視線はまんじゅうに戻っているんだけども。

佐助が聞いたら呆れるような発言だが、伊達主従はうまく行っているようだった。



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