■ねどこ・13


「用」というのは、幸村から小十郎への見舞の品であった。

好意的に解釈すれば政宗と小十郎に気を使わせまいとしたささやかな品だ。
が、悪意を持って解釈すれば、仮にも武将が老爺の土産みたいなしみったれた物持ってくんじゃねぇと叩き落としても文句は言われない物だった。
だってまんじゅうなのだ。
最初、政宗は包みを開けてしばらく呆然としていた。
敵大将の重臣に対して、どんな策謀にも深謀遠慮にも相応しくない甘味を差し出す幸村の意図が全く理解出来なかったのだ。あまりにもストレート過ぎて、毒が入っているんじゃないかという疑いすら浮かんで来ない。
同様に小十郎も呆然としていた。
こちらは恐らく、奥州筆頭たる主に(いつの間にか政宗宛だと思い込んでいる)見るからにチンケなまんじゅうを持って来た幸村の所業に驚いているのだろう。小十郎は政宗がコケにされることに我慢がならない。もう少し体力に余裕があったら、今頃刀を持って飛び出していたかもしれない。
やがて、ようやく立ち直った政宗がぽつりとつぶやいた。
「別に深い意味はないんだろ」

もちろん、幸村に他意はなかった。
純粋に小十郎を見舞いたいと思い、結果、自分の好物を土産に持たせただけだ。幸村の性格を考えればすぐ判る。
だが、どうしてもっと気の利いた物をと思わないでもない。
少なくとも幸村を伊達家で保護したら見舞にまんじゅうは持って行かないからだ。もっと滋養のつく高価な薬草であるとか、秘伝の傷薬であるとか、無聊を慰める書物だっていい。
ちなみに伊達主従は、幸村が甘味好きだということを知らない。
しかし、政宗はその前言を撤回せざるをえなくなってしまった。
だってまんじゅうがうまいのだ。
口惜しいが、佐助の持って来たまんじゅうは、舌の肥えた政宗をして、ケチの付けようのない絶品だった。
上田は城下町とはいえ、信濃の中心地であるとはいえ、ド田舎であることは否定できない。こんな掘り出しグルメがあるとは思っていなかっただけに、領主として負けた気分になった。旨い物があるということは、そのまま文化レベルの高さを表すからである。
だがすぐに、政宗は敗北感よりもあんの味付けが気になってしまった。
さっきから政宗は、小十郎の布団に横になってためつすがめつまんじゅうを眺めている。食べ物を持って寝床に転がるなど空前絶後の行儀悪さだったが、空きスペースがないだけに怒りきれない小十郎だ。
そのくせ、自分が布団から退こうとすると、寝ていろと怒られる。だったら、寝ている横でまんじゅう片手にごろごろしないで欲しいのだが、真剣にまんじゅうと向き合っている政宗には聞こえない。
それがもう半刻も続いていると、さすがにしんどくなってきた。
隣が落ち着かないと自分も落ち着けないのだ。
政宗の集中力の深さは知っている。一度ハマると余裕で一刻は没入してしまう。だからあと半刻はこの状態が続くだろう。
小十郎は内心ため息をついた。
傅役として、幼少期の政宗のねどこに入ったことはあるが、子供時分の政宗だって、こんなに寝相は悪くなかった。第一こんなに大きくもなかった。

ちゃんと中身も成長しているんだろうか、そんな不安が頭をもたげ出した。



12    戻ル    14