■ねどこ・12


翌日、佐助はちょっとワクワクしながら政宗を訪れた。
右目のダンナも目を覚ましたらしい。一緒に寝ちゃうほどムニャムニャな仲の二人は、昨日までと何か違う対応が見られるだろうか。
「お邪魔しま〜す〜 」
へらへらしながら木戸を開けた佐助は、昨日までと一変した部屋の中身に驚いた。
確かに昨日までは、殺風景な八畳一間だったはずだ。それがいつの間に、こんな色々物が増えたのだろう。
佐助はきょろきょろと部屋の中を見回した。
一気に高貴な人の部屋っぽくなったのはなんでだろう。
やはり部屋の中央に、いかにもえらそうに座っている正真正銘高貴な人のせいだろうか。
そう、部屋は政宗の周辺だけ一変していた。
昨日までとは違う着流しを粋に着こなし、扇子を弄びながら脇側にくつろぐ姿はさすがに広大な奥州一帯の主といった風格がある。傍らには、布団から半身を起こした片倉小十郎が控えていた。病み上がりで布団から出られず、別に政宗のために控えている訳ではないんだけどそう見えてしまう。
恐るべき領主の貫禄だった。
と、一瞬であれこれ考えた佐助は、冬の突風みたいな政宗の問いかけに、思わず首をすくませた。
「何しにきた?」
声が冷たい。
何か怒られるようなことしただろうか。
逃げそうになりながらもなんとか言葉を繋いだ。
「うわー、ご機嫌ななめ?」
落ち込むということがない主の相手をしているからか、佐助はご機嫌伺いなどしたことがない。伺わなくても常に元気一杯だからだ。だから対応に迷って及び腰で尋ねてみたが、返答は相変わらず冷たかった。
「別に悪くねぇよ」
完全に言葉を裏切った眼光に射竦められて、佐助はむしろ呆れてしまう。
「じゃあなんでそんな薮睨み?」
政宗はしばらく無言で佐助を睨みつけたていた。
その一睨みで伊達軍3万および敵将までひれ伏す独眼竜の眼光だったが、佐助は何ら痛痒を感じない風に返答を待っている。
やがて政宗の方がしびれを切らした。自分に抵抗や悪意、服従や好意を示さない相手というのが一番厄介なのを知っているのだ。
これ見よがしにため息をつく。
「お前、昨日気配消してここに近付いただろ。眠ィのに目ェ覚ましちまったじゃねぇか、腹立つ」
佐助は首を傾げた。いきなり昨日の話を持ち出されて驚いたことと、話自体に驚いたのだ。この竜はまた変なことを言う、という顔つきになる。
「えー?普通気配がないから気付かないんじゃないの?」
特に自分のように陰行に秀でた者の気配は、そう簡単に察知されては困る。
政宗が居心地悪げに眉をひそめた。
「なんかムズムズして気付くだろ、そういう変なの」
まるで背中に入った虫みたいな扱いだ。佐助はけっこう深く傷ついた。
「害意がなくても気付いちゃうの?」
領主など、命を狙われやすい者は否応無しに殺気に敏感になる。それが生き抜くための術だからだ。しかしそれは悪意や敵意にであって、ちょっと見物に来たくらいで害虫扱いされるのは心外だった。恐らく政宗は、人並外れて感覚が鋭いのだろう。
政宗は(いつの間に用意したのか)めんどくさそうに扇を振っただけだった。
「ともかく、悪趣味は止めろ」
「…はぁい」
諦めて従ってみたが、政宗はふくれたままだ。このヒネクレ加減、騙されやすいくらい素直な幸村とは水と油の差だ。ウマが合わないのも当たり前だろう。だからって顔突き合わせるたびに決闘されても周囲の者は困るのだが。
「そもそも、用もねぇのに来んじゃねぇよ」
素直に従ったのに、まだまだ不機嫌そうな政宗に睨まれた。ホント扱いに困る。それに、どうして用がないと言い切られるのか根拠が判らない。
佐助は思わず笑ってしまった。

「あるってば、用」

言いながら、手に持っていた笹包みを持ち上げた。



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