■ねどこ・11


真田幸村の朝は早い。

日の出前に起きて、日が完全に昇る頃まで鍛錬に励む。皆が起き出して朝餉の用意をしてもらうまでの一刻は、馬での朝駆けに充てていた。朝駆けと言ってもジョギング的な軽いものではない。常人ならば四半刻と行動を共に出来ないハード訓練だった。戦場さながら野山を疾駆するのは大変な労力を要する。特に幸村は進んで悪路を選ぶので、馬から振り落とされたり馬ごと崖を落ちたりするのは割と珍しくなかった。
ちなみに幸村の鍛錬は他に、最も集中して行う昼前の鍛錬と、気絶寸前まで自己を追い込む昼寝後の鍛錬と、今日の反省事項を集中的に繰り返す夕餉後の鍛錬の四部作に分かれる。
その、鍛錬のごとくハードな朝駆けも朝餉も終わり、珍しく部屋で書物なんぞ読んでいた幸村は顔を上げた。変な顔をして戻ってきた佐助を見遣り、首を傾げる。
「どうした?政宗殿には会えたか?」
佐助には、政宗の様子を見て来るように頼んでいた。もし片倉小十郎の意識が戻って起き上がれる程になっていたら、政宗の許可を得て見舞に行きたいと思ったのだ。
「うん。…あぁいや、まだ寝てた」
佐助は複雑な表情のまま頭を掻いている。佐助はたまにこうした不可解な表情を見せるが、裏の世界にも通暁した忍のことなので、幸村は気にも留めなかった。
「そうか。日々片倉殿の看病でお疲れなのだろう。無駄足を踏ませてすまなかったな」
「いやいいんだけどそんなことっ…」
佐助は別の意味で言葉に詰まった。
幸村の、誰に対してもこだわりなく頭を下げたり感謝したりする態度には毎度驚かされる。特に今は戦国の世だ。身分と強さが絶対の世の中であって、身分も強さも有している者はどんな傍若無人の振舞いも許されるフシがある。他国へも行き、多くの人間を見ている佐助には、身分も強さも兼ね備えた幸村の腰の低さは、何度見ても脅威だった。
一方の幸村は、佐助の驚きなど理解出来ない。それよりも政宗の反応が気になって、煮え切らない佐助の返答にもう一度首を傾げた。
「何かあったのか?」
何か。
その一言が説明に難しい。佐助は再び言葉を濁した。
「なんかお邪魔しちゃったみたいで…」
邪魔。
確かにかなり邪魔した気分だ。というか、デバガメか。
「寝ているのを起こしてしまったのか?」
佐助の葛藤も理解出来ない幸村は、理性的な考えしか出来ない。
「二人して寝てて…っていやそんな意味じゃないよ!?」
それにうっかり答えてしまった佐助は、慌てて両手を振った。
言えない。言いたいけど言えない。
いくら主でも、他人のプライベートを探る仕事をしている忍でも言えない。
代わりに穴でも掘って叫びたい気分だ。

奥州双龍が一緒に寝るほどステディだったなんて、と。

「どんな意味だ?」
おまけに主は、こちらの口を軽くするような無邪気な顔で問いかけてくる。
言いたい。ものっそい言いたい。
通り一遍の拷問では口を割らないように訓練されている忍ではあるが、好奇心に負けて言いたくなるのはどうしたらいいのか。修行か。主みたいなスーパーハード訓練には付き合いきれないが、自分もいっちょ修行しなきゃ駄目なんだろうか。
妙なため息をつく佐助を、幸村は面白いものでも見るような目つきで見遣った。佐助が一人で色々ぐるぐる考えて、答えに詰まることは珍しくない。そういう場合は強要しないのが幸村のやり方だった。
「ともかく、まだ寝ておられるなら邪魔をしては悪いな」
結論だけは過たないのも幸村の良いところである。佐助は力強く頷いた。
「うん、邪魔出来なかったよ」
一つ以上の意味を込めて言ってみたが、果たして幸村には通じたかどうか。 いや無理だろう。内心ソッコー否定しておいて、もう一度ため息をつく。

まさか深い意味もなく主従で同衾しているなど、夢想だに出来ない佐助だった。



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