■ねどこ・10


翌朝、久方ぶりにすっきりと目を覚ました政宗は、傍らに寝こける小十郎を見つけ、思わず吹き出した。
今まで、寝姿を見られることはあっても見たことがない。
先の4日間で見慣れたと思ったのに、間近に見るとまた感慨深いものがあった。いつもは眉間に皺を寄せた難しい顔ばかりしているが、寝顔はさすがに怒っていない。さりとてあどけなかったり笑っていたりもしないのだが。
昏睡状態から脱し、時折浮かべていた苦悶の表情もなくなった。顔つき全体が和らいで見えるのは気のせいではあるまい。
そこで政宗はようやく別のこと、というか無駄なことまで気が回るようになった。真横に近いくらい首を傾ける。
「んー?もしかして前髪下りてて真顔になると若く見えるのか?」
元から老け顔だと思っていたが、乱れ髪で幼くなるとは随分と可愛い発見だ。政宗はにやにやしながらあちらこちらと向きを変えて寝顔を見遣った。
絵心があれば写生したいくらいだ。それを家臣共に見せびらかす。小十郎の、部下からの慕われ加減はハンパない。見せたら奪い合い殴り合い論じ合いの大騒ぎになるだろう。
その様を想像して、政宗はまたちょっと笑った。
随分と気分が向上していた。
きっと、小十郎の顔色が昨日よりいいからだろう。
政宗は目を細めながら、小十郎の前髪の、目にかかった部分を梳き上げる。

久しぶりに幼い頃の夢を見た。

合戦に続く合戦で、昔を思い出す暇などなかった近頃には珍しいことである。
幼い頃の政宗は、物音や気配に敏感だった。少しの物音でもすれば、気がささくれて眠れなくなるのだ。
臆病だったのだろう。今ならば判るが、当時は認めたくなかった。だから、小十郎を近くに呼んで、眠気が訪れるまで話し相手をさせていた。
ひどく、とりとめのない内容だったように思う。
夜鳴きするキジの鳴き声を聞いてどんな姿か想像したり、縁の下に居た子猫は無事だろうかと語り合ったり。
小十郎だとて当時は十代の若者だったのに、よくも夜遅くまで文句も言わずに、そんなつまらない話の相手していたものだ。役目もあるだろう。だが、今の政宗に同じことが出来るかといえば否と断言出来る。到底真似出来ない忍耐強さだ。
そういえば、一緒に寝たのも子供の時分以来だ。
乳母の喜多が小十郎にばかり温石を用意するのが口惜しくて、ならばとばかりに小十郎を大きな温石代わりにしたのだ。実際には、政宗の話し相手をさせられて寒いだろうからという喜多の姉心だったが、当時の政宗の我が侭ぶりでは気付くまい。自分でもそう思うのだから、飽きれるにも飽きれきれないのだが。
口元に、苦笑に近い笑みが浮かぶ。
弱い朝日を浴びて眠る小十郎の顔に衰弱の色はない。
怪我人を枕代わりにしたのに文句一つ言わなかった。片倉小十郎とはそうした男なのだろう。政宗はそれを、当然のごとく受け止める。結局、いくつになってもコイツとはこんな関係なのだ。
「早く元気になれよ」
色々なニュアンスを込めて囁くと、政宗はあくびをしながらもう一度横になった。



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